普段は知ることのできない向井潤吉アトリエ館の舞台裏を、
関係者のコメントで紹介します。
第3回は、当館ホームページでもご好評いただいている『アトリエ館歳時記』
制作うらばなしをお伝えします。
◆第3回◆ 
大竹惠子 
(色鉛筆画家、元向井潤吉アトリエ館非常勤職員)

テーマ:『アトリエ館歳時記』制作当時を振り返って
   

  5月某日、向井潤吉アトリエ館を訪れました。(以下アトリエ館と略)梅雨入りしたばかりの曇り空、かろうじて雨は降らずにいてくれました。「向井潤吉」の表札のかかったどっしりした門から一歩中に入ると、緑が広がり、しっとりとした空気に包まれます。午後1時だった事もあり、お昼を済ませて出向いた方達でしょうか、入り口には、5〜6人のお客様がいらっしゃいました。「お先にどうぞ」と先を譲り、その後入館すると、落ち着いた時間が流れる空間が、10年前と変わらず迎えてくれました。
  今から10年前の2003年3月〜2005年10月までの2年7ヶ月、私はアトリエ館で、アルバイト、そして非常勤職員として働かせていただきました。その前は、アトリエ館が大好きで何度か訪れていた来館者でした。いつも何となく「おかえりなさい」と言ってもらっているような温かさと懐かしさを感じる場所です。こんな感覚をお客様にも感じていただきたい、そういう思いで、お仕事をさせていただいていました。
 アルバイトの時期は、おもに受付での接客でした。本当に穏やかなお客様が多く、その会話も楽しいものでした。非常勤職員になると、接客の他、内部の事務職や販売物の在庫管理や開発など多岐に渡り、なかなかの忙しさでした。そんな中でも、思い出に残る仕事は、ありがたい事に退職して8年たった今でも活用していただいているファイル冊子「アトリエ館歳時記」の制作です。その制作についての思いを書いてみたいと思います。


 
アトリエ館は、向井先生が生活、制作をされていたご自宅兼アトリエが展示場所になっているので、通常の絵の鑑賞よりも、より身近に作家を感じていただけると思うのです。きっと向井先生も、気さくに知人をご自宅に招くような感覚で、そしてお客様に、ゆっくりくつろぎながら絵を観て欲しいとお考えだったと思います。ですから、アトリエ館には、自宅にお客様をお招きするような温かさがこもっています。

     
   夏は冷たく冬は温かなお茶のサービス、館内の所々には、季節の花が飾られています。毎週、お花屋さんが新しい季節のお花に替えて下さいます。お正月には門松を飾り、七夕には飾りつけをした笹を飾り、秋には庭で穫れた柿で干し柿を作り軒下につるします。そういった季節の演出は楽しいお仕事でした。


  そして、シルバー人材センターの方が心を込めてお手入れして下さるお庭も、お客様の心を穏やかにしてくれています。その様な、絵画以外のアトリエ館の魅力をお伝えしたいと思い作ったのが、『アトリエ館歳時記』です。1度の来館では見逃してしまいそうだけど、ぜひ気付いていただきたい場所や事柄、そして季節で変わる庭の様子をお伝えし、別の季節にまた訪れてもらいたいという思いや、反対に遠方からいらして、2度3度とは、お越しになれない方には、別の季節の雰囲気も知っていただきたいという思いでした。

  春になれば心地良い新緑、かわいらしい花達も咲き始めます。夏には緑も茂り暑いながらも木陰の涼しさを感じ、秋には鮮やかな紅葉、冬には葉も落ち、たまに降る雪が白い世界を作り出してくれます。

  向井先生も、季節ごとに移り変わる「庭の展示替え」を楽しまれていたと思います。作家と同じものを見つめ感じていただく事で、より作品を感慨深く鑑賞していただける気がします。
  当時、新しくしていただいたアトリエ館用のデジタルカメラで写真を取り、まずは向井潤吉アトリエ館ホームページで「アトリエ館ミニ歳時記」と題したページを制作しました。まだ今のようにブログもあまり普及してない時期で、Twitterもfacebookもありませんでした。 月1回、その季節を感じられるような木々や草花、アトリエ館の雰囲気などを掲載し、 徐々に「アトリエ館歳時記見てるよ」と、知人やお客様に声を掛けていただく事も増えていきました。
 


  ぐるりと1年がたち季節が一回りした所で、1年分をまとめたファイル冊子を制作しました。今でも多くのお客様が読んで下さっているようです。じっくりと読んで下さり、その結果ゆっくりと時間を過ごしていただけたり、「別の季節は、こんな風になるのね、また来るわ」と声を掛けていただいたりと、大変嬉しく思います。
  当初のものは表紙が痛んでしまったらしく、新しいファイルに取り替え大切に活用してくれてい る職員の皆さんにも感謝です。
(サイト内「歳時記」ページへはコチラからどうぞ)


  

  冒頭にも書きましたが、私はアトリエ館で働かせていただく前から、何度か訪れていたファンの1人です。そして、私自身も絵を描いており、主に故郷の福島県奥会津の民家や生活を描いているので、向井先生の絵は大好きで、たまたま引っ越した近くにアトリエ館があり、仕事を探している時に「アトリエ館なんかで働けたら、いいのになぁ〜」と思いながらアトリエ館に行ってみると、たまたまアルバイト募集のチラシが置いてあり、偶然とはいえ、勝手にご縁を感じておりました。向井先生は1995年に亡くなられているのでお会いできませんでしたが、仕事が終わり1人静かになったアトリエ館で、展示してある向井先生のパネル写真に向って、お話をさせてもらったりしていました。向井先生の作品、使いこまれ触り心地のいい階段の手すりや、ぎーっときしむ板張りの床の音、などなど、大好きなものに囲まれて働いた2年7ヶ月は素晴らしく貴重な時間でした。

  向井先生が愛した物に溢れ、訪れたお客様の向井先生への愛に溢れ、アトリエ館を支えているみなさんの愛に溢れ、ここ向井潤吉アトリエ館は、素晴らしい雰囲気になっていると思います。これからも、ファンの1人として楽しみに訪れたいと思います。


第4回は、7月中旬を予定しています
これまでの「いまむかし」

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